現代戦争論―超「超限戦」-を読んで

Takamichi Saito
5 min readJul 18, 2020

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個人的にご指導頂いております佐々木孝博先生より、先日ご恵贈頂きましたご著書「現代戦争論―超「超限戦」- これが21世紀の戦いだ -」を拝読させて頂きました。私自身は、国家安全保障自体が専門ではございませんので、コメントをするのはおこがましいのですが、広く皆様に読んで頂ければと、私の専門であるサイバーセキュリティなどの観点での気づきなどをまとめてみます。

繰り返しとなりますが、私自身は、国家安全保障は専門ではございませんが、本書は(サイバーセキュリティの文脈で個人的にサイバー関連政策を調べている中で部分的に見聞きしていた)「最新の安全保障関連の情報」がしっかりと整理されており、大変参考になりました。

例えば、アメリカでの宇宙軍創設(2019年12月)や日本でも宇宙作戦隊の発足(2020年5月)がありましたが、この背景なども丁寧に分析されております。また、昨今、5G、AI技術などの先端技術についての「アメリカによる競合国排除の動き」は、国内メディアでも報道されていますが、その背景として、「911以降の戦争の形態の変化に伴うアメリカの現代戦遂行能力の脆弱性を狙える」ほどに競争力を高めてきている競合国の脅威への「裏返し」であり、一部のエリア(詳細は本書をお読みください)では少なくとも将来的には米国を凌駕することが目されていることが理由であることが示されています。

アメリカの競合国では、(先日自分のブログに書かせてもらった)西側諸国での「LAWS規制の議論」どころではなく、逆に積極的にAIを軍事に利用していることも記載がありました。さらに、(同じく自分のブログにも記載した)「米国のAIの防衛装備の利用状況」と比較してもより積極的に活用しており、「技術が戦術を決定すると言う伝統的な考えに基づきAIを使った実験を実施し新たな軍事理論や構想を構築しようと積極的な試みをしていること」も記載されています。その他、SNSを活用した情報戦(米国選挙介入など)の背景の整理、認知領域の脆弱性への攻撃や、(同じく先日紹介させて頂いたブログにも記載した、欧州的アプローチとも言える)「規範形成」についての裏側の分析などもあります。

これらは大国同士の遠い物語ではなく、例えば、「競合国排除の動き」は同盟国である日本においても、ここ最近の報道の通りであり、さらに、私のようなアカデミアの職場においても「海外出張」の際には、外国為替及び外国貿易法に基づく申請が伴うなど少しずつ影響が出ています。それ以外にも、最近の我が国の「技術政策」は基軸が迷走しているようにも見え、世界のトレンドとはズレているのではなかろうかと言うところがあるので、今後、大国間の競合に振り回されることになり、ますます混乱しそうです。

大国のサイバー政策の情報は、(私も個人的に米国のサイバー政策の最新動向は追いかけておりますので)米国のサイバー政策との比較をすることで背景が判明することが多く、私みたいな技術系アカデミアにとっても、大変勉強になります。

我が国も含めて今世界で起きている「サイバー攻撃」の少なくない一部は、「情報戦」(広く言えば著書タイトルにもある「超限戦」や「ハイブリット戦」)の結果として顕在化して見えている一面でしか無く、我が国伝統の「情報セキュリティ」的なアプローチでは、場当たり的で顕在化した事象への対処療法(病気の原因を取り除く根本的な治療でないこと)でしかないことを改めて確認できました。

例えて言えば、高熱(サイバー攻撃)で苦しんでいる際、インフルエンザなのか食中毒なのか原因(情報戦の一環であること)を特定せずに、氷で頭を冷やすだけではその場の対処になったとしても、また同じような高熱(サイバー攻撃)を避けられない、つまり、ガスが漏れているのであれば漏れたところを手で押さえるのではなく、元栓を探して閉めろと言う話です。

本書で示されている議論は、「軍事大国間の遠い世界だけの物語であり、TCP/IP(=インターネットの要素技術)のような技術一般に基づく『情報セキュリティ』とは関係ないでしょう?」との疑問も受けるのですが、私の認識は全く違います。

例え、元々はそうであっても、そのやり口(専門的にはTTPと申しますが)一般に知られるところとなり、当初は「世界最高レベルのハッキング技術もすぐに博士レベルの技術となり、『技術の民主化』で少しの専門知識があればそこら辺のサイバー犯罪者でも真似ができ得ること」になります。昔のオリンピックバレーボール競技で初めて登場した高難易度の「Bクイック」も、10年も経てば中学生でもやっていると言うアレですね。

本書では通して日本のサイバー能力の懸念が示されております。最後の章では著者らはサイバー政策を担う公的組織の不在を訴えております。我が国の平和維持・国益確保相当においても、機能不全なのでしょうか。

ぜひ、国内の関係者にも一読をお勧めいたします。

現代戦争論―超「超限戦」- これが21世紀の戦いだ -

2020/07/18

修正:
2020/07/20 最後のパラグラフを修正

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Takamichi Saito
Takamichi Saito

Written by Takamichi Saito

明治大学理工学部、博士(工学)、明治大学サイバーセキュリティ研究所所長。専門は、ブラウザーフィンガープリント技術、サイバーアトリビューション技術、サイバーセキュリティ全般。人工知能技術の実践活用。著書:マスタリングTCP/IP情報セキュリティ編(第二版)、監訳:プロフェッショナルSSL/TLS