影響力工作についての簡単な整理を通して、「Industrialized Disinformation ー 2020 Global Inventory of Organized Social Media Manipulation」を読み解く
はじめに
先日、オックスフォード大学のコンピュータプロパガンダ調査プロジェクトにより発表された、「Industrialized Disinformation ー 2020 Global Inventory of Organized Social Media Manipulation」(以降、「産業化偽情報レポート2020」と呼ぶ)には、2020年における影響力工作の実践の調査結果が示されていました。
今回、2021年3月16日開催予定のイベント(明治大学サイバーセキュリティ研究所主催)のパネルディスカッションでの参考のために、こちらのホワイトペーパーをベースに、影響力工作についての簡単なまとめを試みます。
影響力工作については、以前、「改めて「サイバー攻撃」とは何かを問うてみたい 〜「いいね!」戦争 兵器化するソーシャルメディア を読んで〜」という記事もポストしたでの、併せてご笑覧下さい。
影響力工作について
まず、最近は比較的認知されつつあるとも言える「影響力工作」という用語について確認してみたいと思います。
「影響力工作」というと少しギラギラすることもあるので、TPOに合わせて、我々も、インフルエンスオペレーションと表記することもありますが、「影響力工作」とは、influence operationsの訳語です。「影響工作」とか「誘導工作」とも訳されます。私が作成している、セキュリティ訳語集では、influence operationsは「影響力工作」としております。
「影響力工作」は、「フェイクニュース」の類に分類されることもありますが「偽情報(=disinformation)」とも併せて、それらは、影響力工作の手段の一部というのがおおよその解釈のようです。これらの用語の定義については、先行する欧州などでは固まってきている印象です。「産業化偽情報レポート2020」の中でも、その様に解釈されています。
今回は、RAND研究所における「影響力工作」の定義を引用してみます。
the collection of tactical information about an adversary as well as the dissemination of propaganda in pursuit of a competitive advantage over an opponent.
(著者抄訳)
敵に関する戦術的な情報を収集し、敵に対する競争上の優位性を追求するためにプロパガンダを広めること
「影響力工作」自体は決して目新しい行為ではないのですが、現代社会がSNSへの依存度を増していること、影響力工作としてコンピュータプロパガンダが導入されたこと、SNS空間で影響力工作が先鋭化、熾烈さを増したことなどにより、拡散力やデータ量からしても、過去の影響力工作とは一線を画すものであると認識されています。
今回発表された「産業化偽情報レポート2020」によると、2020年の調査において、SNS空間での影響力工作が81カ国で確認されたそうです。2019年の調査では70カ国であったとのことで、その一年でさらに多くの国で行われていることが示されています。サイバー空間での影響力工作の脅威が増してきていると言えましょう。
さらに、下記に分類される「影響力工作」の実践が、「産業化偽情報レポート2020」の調査結果として、具体的な国名と共に示されていましたが、ここでは、本文より統計情報だけを抜き出して示します(P.13)。
- (国家や政党に対する)支持的なメッセージの増幅(76カ国)
- 反対派を攻撃したり、中傷キャンペーンの展開(79カ国)
- トローリングや嫌がらせによる、参加意欲の抑圧(20カ国)
- (ナラティブを利用した)市民の分断、分極化(39カ国)
だれが影響力工作を行うのか?
影響力工作においては、「だれが影響力工作を行うのか」という視点が、一番重要だと思います。
「産業化偽情報レポート2020」の冒頭(P.1)に、cyber troops(以降、サイバー部隊と呼ぶ)という用語が使われています。
“cyber troops”, which we define as government or political party actors tasked with manipulating public opinion online
(著者抄訳)
「サイバー部隊」とは、ネット上の世論操作を行う政府や政党のアクター
「サイバー部隊」とは、SNSなどのサイバー空間において、影響力工作を実施する実行部隊を指し示す言葉といえましょう。
しかしながら、「サイバー部隊」という実行主体とは別に、どの様な組織が実施主体として「サイバー部隊」を指揮・構成しているのかというと、一般的にも、以下の4つの組織主体が知られています。「産業化偽情報レポート2020」には記載がありませんでしたが、政府機関には、軍隊も含まれるとされています。
- 政府機関
- 政党
- 民間企業
- 市民団体や市民インフルエンサー
世界各国において、どの国でどの組織が「サイバー部隊」を運用しているのかについても、具体的な国名が示されていましたが、以下では、本文より統計情報だけ抜き出して示します(P.13)。
62カ国の政府機関が世論形成のためにコンピュータプロパガンダを使用しているという証拠が見つかった
61カ国で、政党や政治家が選挙運動の一環としてコンピュータプロパガンダのツールや技術を使用している証拠が見つかった
48カ国で、政治的行為者に代わり、民間企業が2020年の段階でコンピュータプロパガンダの活動をしている証拠が見つかった。2009年以降で、6,000万ドル近く注ぎ込まれている
23カ国で、市民団体と連携して活動しており、51カ国でインフルエンサーと協力してコンピュータプロパガンダを使用していた
他のサイバー攻撃と同様に、影響力工作においても、民間企業の参画が少なからずあることが認められます。
影響力工作の手口は?
次に、影響力工作の手口について整理します。
基本的には、TwitterやFaceBookなどのSNSにおいて、以下のアカウントを利用して、影響力工作を実施します。
- ボットアカウント(automated accounts)
- 人為工作用アカウント(human-curated accounts)
- 盗難アカウント(hacked accounts, stolen accounts)、成り済ましアカウント(impersonation accounts)
「産業化偽情報レポート2020」では、国ごとのこれらのアカウントの利用状況を具体的な国名を出して示されていましたが、ここでは、本文より統計情報だけを抜粋を示します(P.11)。
57カ国で、ボットアカウントが使用されていた
79カ国で、人為工作用アカウントが使用されていた
14カ国で、盗難アカウント・成り済ましアカウントが使用されていた
さらに、「サイバー部隊」は、下記に分類される戦術・戦略を駆使して、影響力工作を実施します。「産業化偽情報レポート2020」の調査結果として具体的な国名が示されていましたが、同じ様に、ここでは、本文より統計情報だけを抜き出して示します(P.15)。
- 偽情報や操作されたメディアの作成(76カ国)
- データに基づいた戦略:政治広告のための特定セグメントのプロファイリングやターゲティング(30カ国)
- 荒らし(trolling)、晒し(doxing)、オンラインハラスメントの使用(59カ国)
- (サイバー部隊が)コンテンツやアカウントを大量に(違反として)報告することで言論や表現を検閲させる行為(7カ国)
これらは行為の実践は、著者が過去に参加したイベントにてFaceBookのCISOの講演内容(参考:CyCon2018の備忘録(2))や、書籍「「いいね!」戦争 兵器化するソーシャルメディア」(参考:「改めて「サイバー攻撃」とは何かを問うてみたい 〜「いいね!」戦争 兵器化するソーシャルメディア を読んで〜」)での話しと合致します。
まとめ
今回は、「産業化偽情報レポート2020」をベースに、「影響力工作」についての簡単な整理をしました。
「影響力工作」の脅威は、若干、過剰に評価されているとの指摘もあるようです。たとえば、書籍「数学者が検証! アルゴリズムはどれほど人を支配しているのか? あなたを分析し、操作するブラックボックスの真実」(デイヴィッド・サンプター、2019、光文社)や、書籍「フィルターバブル──インターネットが隠していること (イーライ・パリサー、2016、ハヤカワ文庫)にも、コンピュータプロパガンダについて懐疑的な記述を見つけられます。(参考:『「フィルターバブル─インターネットが隠していること」の備忘録』)
しかしながら、「産業化偽情報レポート2020」の調査を見る限り、少なからずの国々が「影響力工作」を有効な手段と認識して、活用しているようです。また、SNSの普及とともに、「影響力工作」の脅威も、より一層深刻化することが予見されます。
コンピュータプロパガンダを中心としたSNSでの「影響力工作」は、単にフェイクニュースというような現象論として捉えるのではなく、人的な攻撃手段であり国家主権の侵害に繋がる可能性があることや、民主主義制度への攻撃であると捉える必要性を感じます。最後になりますが、「産業化偽情報レポート2020」の調査によると日本にもキテいるようですヨ。
2021/02/17