サイバー空間において大熊は何を恐れ、なにを求めるか
サイバーセキュリティは、観測する者が立つ場所により、その見え方が違っているようです。「ピッチャー」と「4番打者」の話をしているのみで「野球」を語っているつもりということはないでしょうか。
「近未来戦の核心サイバー戦――情報大国ロシアの全貌」は、長年、情報安全保障に携わってきた元在ロシア防衛駐在官である佐々木孝博氏の渾身の一冊です。本書を読むと、サイバーセキュリティは、技術論ではないどころか、より大きな枠組みにおけるエレメントであることを改めて認識できます。
混迷する世界情勢において、日本は目と耳を塞がれたまま、米国から与えられた「記号」を中心にサイバー空間を夢想し、そして、他国との関係性を決めているように思います。
しかしながら、欧米の価値観に基づく考え方だけは、サイバー空間におけるアクターとその脅威の理解には及ばないように思います。特に、サイバーセキュリティ強国であるロシアについて、今こそ、安全保障の観点で読み解くことが求められていると言えるでしょう。
本書では、サイバーセキュリティを中心とし、ロシアの行動原理・原則、2000年代からの国際場裡における働きかけ、何を狙って何をしてきたのか、丁寧にまとめあげられています。特に、氏の業務体験に基づくであろう、核戦略とサイバー戦略の対比の論考は、本書をおいて他では触れることのできない秀逸の洞察ではないでしょうか。
サイバー攻撃、インフルエンスオペレーションを含めた情報戦において、何をどこまでやろうとしているのか。AIなどの新興技術がもたらすパワーをどのように捉え、数年後の未来をどのように予測しているのか。サイバーセキュリティの脅威が、サイバー空間のみならず、実空間へどのように投影されるのかを感じることができます。
メディアを通して日々知らされるサイバー攻撃について、誰が、どのような目的で、どのような背景で、最終的に何を狙っているのか。これは、ネットワークでパケットを解析しても解き明かすことはできないことでしょう。
T. リッド曰く、「F-16のパイロットが自分で標的を選ぶことはないのと同じように、サイバー攻撃においても、認知される現象及びその関連する情報だけでの分析では、アトリビューションが困難である」という言葉にもあるように、サイバー攻撃者の特定、ひいては、サイバー空間における状況認識の難しさを如実に表しています。
本書を通して、サイバーセキュリティを捉え直したい次第です。
2021/12/17