カタカナ用語と、大先生

Takamichi Saito
Jan 24, 2021

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私は、2000年頃から、専門書の翻訳とかIT関連の国家試験の作成をしているなどの関係から、IT関連の専門用語については、多少なりとも苦労してきてます。

先日とある研究会に参加した際、大変印象に残ったシーンがあって、その後ず〜っと気になっていたので、今回、メモ代わりに駄文を残しておきます。

私は、英語の専門書を訳すとき、基本的に自分では新しく用語は作らないようにしてます。以前は、IT関連であっても専門用語はあまりネットにはなかったので、日本語の専門書やJIS標準などを参考に、ある程度流通していそうな用語を採用していました。日本語の専門書・技術書では、特に、IT分野の訳語・用語はかなり揺れていますので、確認も意外に面倒ですが、訳語がある場合はラッキーです。

しかしながら、特に最近のIT分野は、新しく生み出される概念用語がいくつも登場します。よく、「○○は昔の××と同じだろ?!」などと技術的解像度が低い方には同じように見えちゃうようですが、やはり違う用語・概念なので、新しい言葉として探します。対応する日本語の用語がないケースや、既存の一般的な翻訳をあてるとニュアンスが変わってしまうケースでは、いよいよカタカナを使うしかありません。

昔は頑張って、誰かがちょこっと使った(カタカナでない)訳語を探し出していましたが、最近は、さっさとカタカナを使います。まぁ、それでも、「セキュリティー」と「セキュリティ」と言った長音符付ける・付けないなどザラでして、出版社の編集方針に合わせて、カタカナ用語もそれなりに揺れないよう、元の英単語の読みのニュアンスに近いものを探すように頑張ります。

私は、元々翻訳がメインの仕事ではなく、たまに翻訳するだけなので、自分の中でも訳語が揺れないようにと、GitHubに訳語集を作ってみました。こちらです。プルリクも受け付けています。

さて、前置きはここまでです。

日本というのは、英語圏の国以外で、(ある程度までの)高等教育を母国語で受けられる稀な国だと認識しています。かなりの専門書が日本語で読めるというありがたい国です。明治期以来先人の努力の賜物だと思いますが、最近はなかなか翻訳も大変な状況ですよね。

先日、とある研究会に参加した際、カタカナ用語にまつわるやり取りを拝見していて、翻訳をする者として、一言申そうかと思いましたが、お誘いして頂いた先生の顔を万が一にも潰すようなことになるとまずいと思い黙っていました。その時に感じたことをここにこっそりと書いてみます。

その研究会は、「(研究プロジェクトの成果である)書籍の書評をその著者らが(第三者から)頂くという」というユニークな議論の場で、自分はそのような場に参加した経験はありませんでした。ただ、そのご著書、私も、拝読させて頂き、大変な感銘を受けた位なので、評論されている箇所自体もどこの記述に触れているのかおおよそ理解できておりました。

書評をした大先生、最初は謙虚な姿勢で切り出すも、単なる自説とも聞こえる考え方に基づく批判の大演説をされ、いや〜びっくりしました。あー昔、ITの分野にもいたなぁ(IT分野でもぼぼ絶滅したが稀にまだいる)と、一方的に批判を受けてる先生達も大変だなぁと。自分も自説を大演説するような人にはならないようにしたいなぁと思った次第です。

さて、大先生曰く「この本は、大事な用語にカタカナを使い過ぎだ。例えば、(アレコレ、アレコレ)。日本語でのニュアンスが正確に伝わらない。それでは専門家だけの閉じた議論になり、イカン!学者たるもの、中国語の辞書を引くなりして、日本語で意味が伝わる用語を使う努力をしろ!」というようなご趣旨の発言で、演説のピークに高らかに喝破しました。

最近、その手の「カタカナ多すぎ」の主張を聞きますし、なんとなく真っ当なご批判にも聞こえるのですが、例えば、(この例えは、今回の研究会の分野とは関係ありませんが)今、「サイバー空間」を「電脳空間」としても、特に、そのオリジナルの小説を知らない若者にはあまりニュアンスは伝わないように思います。あと、数年後、他の用語が定着した時、「なんだこれ?」ってなりますよね。(今時、「電脳空間」でどれくらい通じるのかしら。)そもそも、その構成要素すら元々存在しない概念を適当な日本語の用語に置き換えてみるより、英語読みに近い言葉の方が、これからの時代の若者からしても良さそうな気がします。実に難しいところですが、いかがでしょうか。私も、昔は、カタカナ用語は避けようと頑張っていた時期もあったのですが、最近、このように考えています。

最近はDXとかAIの時代だそうで、一般的なメディアでも凄い勢いでカタカナ用語や、略語(abbreviation)が増殖してますので、「カタカナ用語や略語では、正確な議論ができない!」とのお叱りも分かるのですが、記号論的にはカタカナ用語か日本語用語かは関係ないように思います。カタカナ用語で表記される言葉は、元々日本国内では存在していなかった概念でもありますし、「イメージがつきににくい」と思うのは、もしかすると、「専門用語」の正確な定義を確認もせずに、使ったり、聞いたりしていることこそが問題なのでは?と思った次第です。

そして、一般の方への説明は別として、「カタカナ用語より、日本語用語の方がニュアンスが伝わる」という錯覚に囚われるのは、その分野の概念セットが足りていないとか、英語の文献を読んでいないからとか、いずれにしても、その分野の専門性やトレンドにキャッチアップできていないからなのではないでしょうかね。どうなんでしょうか。

カタカナ用語に限らずなのですが、今や、ゲームのルールが変わって来ていて、何をベースに判断すれは良いかが難しくなっている時代に突入して久しいにも関わらず、相変わらず、あたかも正解があるかの如く、そしてそれを知るのは我のみとばかりに、他者を切り捨てるのは、いかがなものかと思います。いかがでしょうか、大先生。

2021/01/24

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Takamichi Saito
Takamichi Saito

Written by Takamichi Saito

明治大学理工学部、博士(工学)、明治大学サイバーセキュリティ研究所所長。専門は、ブラウザーフィンガープリント技術、サイバーアトリビューション技術、サイバーセキュリティ全般。人工知能技術の実践活用。著書:マスタリングTCP/IP情報セキュリティ編(第二版)、監訳:プロフェッショナルSSL/TLS